"Log" と書いて「こうかい日誌」
それはあたしの想いの断片.



Nov2
 「♪夢を夢を夢を 失われた時のむこうに 求め挑む 夢の狩人」なんて唄があったけど.文献調査と現状における各種状況証拠を照らしながら過去の事実を推測する作業なんてやってると,どこからともなくこの唄が聞こえてくるよねぇと・・・
 うーん,いろいろ情報を整理しながら,現地で再確認すべき事項を確認してるトコ,って感じかなぁ.文献も単体だと謎が多くてね・・・もしかするとあたしの知識不足もあるのかもだけど.

 ただまぁ言えることは.

 「楽しい」

 研究者気質なのですなぁ.


Nov7
 朝日新聞に幌延と豊浦のコトを書いた記事が出たね.全戸アンケートとは相当に悩んでいると見える.
 豊浦の例はまだ良かった.「日本一」と称されるというようなモノであるということや,周辺の整備を計画中であったこと,何よりも一点集中の防衛戦を展開すれば良かった.ただ,維持のための資金や作戦がいつまで続くのか,そのあたりに関しては・・・まぁ記事にもあるように,いずれ歴史が証明するであろうなぁとしか.あたし自身も「金も出せない以上,口も出さない」というスタンスであったし.
 対して幌延は「日本一」だとかいった大義名分のようなモノがあるわけでもなければ,喉元に刃物を当てられているのは3ヶ所.とりあえず幌延の役場担当者や町長には直接,昨年の豊浦で何があったのか,現状においてどうなっているのか,あたしの知る限り(そして秘密にする必要はないだろうという範囲で)のことを伝えて来たけど・・・どうなるのかね.
 っつーかいずれ立ち行かなくなるのは分割民営化の時点でわかっていたわけで,ここに来て道庁はおろか国が「あんた達でどうにかしてよ」的な態度に見えるのがねぇ.
 そういえば某新聞に,先日株式上場を果たした JR-K は鉄道以外のサイドビジネスもやっており,それが成功して・・・なんて話が載っていたけど,JR-H もやってるんだよね.そして本州3社と JR-K を初めとした「3島会社」では大きな差がある.そもそも JR-E に至っては国鉄から多くの鉄道外資産を受け継いでいたハズ.歴史的経緯をすっ飛ばせば意味のある比較話とは思えないね.

 まぁ・・・あたしは,あたしにできることをやるしかない.


Nov9
 すっこーんと忘れておりました.
 この WebSite,昨日で公開 20 年を迎えたのですよ.
 某 ISP との付き合いも 20 年と 2 ヶ月とカウントされております・・・長い付き合いになったなぁ.
 メールアドレスからもわかるように,DTI の 1st ドメイン "mars" 保持者ですよ.昔のアドレス http://www.mars.dti.ne.jp/~masami/ も生きてます.lavenderblue.jp に飛ばす(DTI 非公式の)仕様になってるけど.それにしても「チルダ」,懐かしいですねぇ.まぁ付けても付けなくても同じトコロに繋がるようになってるのが DTI の仕様なんですがっつーか,いつからそうなったっけか.日本の ccSLD に ne が加わったときだっけ? 当時は .ne がなくて,.or だったのよ.dtinet.or.jp.同じ老舗だと rim や IIJ なんかは今でも .or だね.ローカルだけど忘れちゃいけない,din もそうだ.JPNIC としては「.ne に移行せい!」という意向であったハズだが.なのだが.うん.
 ちなみに DTI を選んだ理由はなんということはない,周囲の技術者友達に「ここが良い」と薦められたから.彼らも "mars" 保持者だったけど,活動の場を別のところに移したり彼岸へ旅立ってしまったりして,気が付けばあたしひとりでございますや.そんなあたしも鯖スペースとしてはもう使ってないしねぇ.lavenderblue.jp の実体は・・・多分大阪の堂島だと.うん.東京の大井じゃなくて.
 んでまぁ最初のうちがアレだったんだよねー.釣った魚に餌はやらないというか,そういう ISP で.創業者のひとりは「この人いつ寝てるんだろう?」ってくらいにがんばってはいたけどねー.あたしも主に鯖空間の都合で乗り換えようかと何度か考えたんだけど,まぁ他も似たようなもんだろうと思っている内に・・・・・ゐや,それ以上に「マニアック」だったんだよね.何がといわれると,それはもぉいろんなところが.nntp とか smtp とかの鯖のアレがごにょごにょ.で,契約期間も5年を超えると創業者も去っていろいろどーでも良くなってそのまま契約が続いているという.そんな状況.

 んにしても 20 年かぁ(遠い目)ゐや,トップのロゴに堂々と "Since 1994" とかぶちかましておいてすっげー今更なんだけど.思えば遠くへ来たもんだ.しっかしまだまだ小娘ですわ.

 さて.今日の某新.前々からあたしもちくちく云っていた道庁や国が動かないのはどういうことじゃーいというあの会社の問題.道内選出の国会議員団が動いたとか.もうどこの党でも良いから中央に現状を訴えてくれと.ほんとーに.
 その裏でもうひとつ,日高本線の部分廃止が事実上決定だなこれはという.要約すれば「JR は『使命』を果たせ.だが金は出さん」と.首を吊れと・・・まぁ実際にこれまで石狩湾に2人ほど浮かんだっけか.sigh.


Nov11
 えーと,先日書いた小幌駅の配線に関し,もうほぼ疑いようのないところまで追い詰めることができましたということで.

 拙著『礼文華観光案内』の 29p「ふたつの礼文華峠信号場」章に重大なエラッタです.
 開業時の図が非常に紛らわしくうねってますが,実際には緩いカーブで一本道・・・ぶっちゃけ現在の下り線そのまんまが正解です.現在の新辺加牛隧道東口部分が開業当時の「幌内隧道」であり,礼文華山隧道側は小幌から見て左側の開口部が開業時から使われているものです.
 信号場化したときの図として美利加浜隧道内で長万部から見て左側(山側/北側)に分岐した線を増設したように書いてしまいましたが,実際には長万部から見て右側(海側/南側)に分岐したようです.この際に新しく作った隧道が現在の「幌内隧道」にあたります.
 そして開業当時の「幌内隧道」は現状においてその西口は閉塞されています.なんかリレーボックスみたいなのとか置かれてるなってレベルじゃなくて,本当に閉塞.

 以上に関し,確定的な文献史料ほかの掘り出しと現地調査を行ったことを速報として.引き続き調査と,説明のための現況資料の製作を行いますが,冬コミの進捗がダメダメですというか.
 そもそもあの本の末尾にも書いたけど,論文書くの嫌いなんだよ.ニュートンなんかは有名な例だし,wit に富んだ輩になると「書く場所がねぇや.てへっ☆」とだけ書き残して逝っちまったりする.学者というのはかように論文を書くのが嫌いなのである.
 ついでに記すならば.「そいつが研究報告の場に立ったとき,そいつは絶対に『隠し弾』を持っている」.大学院博士後期課程という場を踏んだことのある人ならその意味がわかるはずです.公式な場で口に出したってコトは実際の研究は相当先まで進んでて,表に出てるのは反論されても言い返せる程度にまで確証を得た事項くらいですよと.

 閑話休題.
 ゐや,そう思うよな? 開業時に「幌内隧道」っての作って,今現在そこに「幌内隧道」ってのが存在して,だけど開業時の「幌内隧道」と現在の「幌内隧道」が実は別物だなんて思わないよな!? あたしだって開通時の「幌内隧道」は今そこにある「幌内隧道」だとずーっと思ってたもん.
 ノンフィクションとはいえ人の作るモノにエラーはつきもの.自分への言い訳も含めて犯人探しをするわけじゃないけど,誤解の上流側に辿れた範囲での大元は 1989 年の北大鉄研が会誌『混合列車』に記した図.他の部分はきちんとした文献調査に基づいて書いているのに,この部分に関しては少なくとも参考文献として挙げられたものに,それと一致する記述が見当たらず,推測で記したものと考えられる.まずはここがアウト
 それを(恐らくは)無批判に引っ張ったのが 1995 年の『鉄道ピクトリアル』.書いた人は当時の北大鉄研の中の人.もちろんアウト.そしてこれを無批判に参考とした拙著『礼文華観光案内』も,つられてアウト.ただし『鉄道ピクトリアル』の同じ号でもうひとり小幌に言及した人がいて,そちらは国鉄が編纂した文献から図を引っ張ってきていてセーフ.
 更に 1995 年の記事を書いたのと同じ人が書いた 2004 年の『文化情報(北海道文化財保護協会)』が当然アウト.これを参考にした渡辺一史『北の無人駅から』と,豊浦町教育委員会が今年編纂した小幌を紹介する冊子が華麗にダブルプレー.まぁ前者は人や地域を,後者は円空仏や自然を中心に紹介したもので,駅配線なんておまけ程度みたいなもんだけど・・・
 そして某百科事典や一部 WebSite その他の記事等で引き合いに出される4文献,『日本陸運十年史』『新日本鉄道史』『札幌工事局七十年史』『北海道鉄道百年史』いずれにも,開業時の配線が具体的にどうであったのか,信号場化時に増設したのが山側なのか海側なのかの記述がないことを確認しました.
 えぇ,他人の批判をする以上はきちんと論拠を示した資料をまとめます.まとめるんだけど・・・お察し下さい.進捗ダメです.

 っつーかですね.某百科事典は「真実かどうかではなく,検証可能性を優先する」というポリシーに加えて「自費出版物は信頼できる情報源として認められない」のですよ.「そんなもん誰でも出せるだろ」ってことで.でもこれって,査読のない論文と何が違うんだろうね.ついでに商業出版物だって質の悪いのは掃いて捨てるほどある.恨み言を言うわけではないが,このあたりがあのプロジェクトの限界なのかなぁと.とりもなおさずそれはあの百科事典がどこまで信用できるのかという問題にも繋がるわけで.

 さてさて話は大きく変わりまして.
 今日付けで東洋経済オンラインに結構きっつい記事が出たね.ただし観光列車は「ピンぼけ」じゃない.それができないほどにまで既に追い詰められている,ってのが正解じゃないかな.そしてどっかのニュースと違って,読者が付けてるコメントもなかなか興味深いね.さてさてどーなりますやらな.


Nov12
 昨日の隠し弾の話.実際には他にも理由があって.
 研究報告を上げなきゃならない時にネタがないでは済まされないのでネタを小出しにするというもの.コミケで新刊ありませんではいろんな意味でただ事では済まないので,ネタがふたつあっても新刊は1冊だけにして,もうひとつのネタは次回の新刊用にとっておくといったような感じですわ.ネタが湯水のように出てくる人はまぁそれはそれで良いんですけどね.正直羨ましいです.
 他にあるパターンとしては,裏で何か企みをしていて,それをカモフラージュするために既に手持ちの弾を小出しにしつつ・・・というもの.有名どころでは「書く場所がねぇや.てへっ☆」の問題に最終的な解を示した人が使ったとされる手ですわぁな.

 さて.
 江差駅が解体されるとな.建物は保存して,展示館的なものとして再利用されると聞いていたんだけど,結局そういうことになりましたか.まぁ・・・仕方ないのかもね.
 そして留萌本線では「盗り鉄」が涌くと.まぁどこでも似たようなことは起こるんだけどさぁ・・・碓氷峠なんか勾配標識まで引っこ抜かれたからねぇ.各種写真を照合すると,上り線 32.4kp そばにあった 66.7 ‰標識なんて最低3回は行方不明になってる形跡があるという笑えない状況だったし.まぁなんというか・・・「想い出」が欲しいのはわかるよ.それがカタチとして残るものなら最高だよ.でも盗っちゃ駄目だろ・・・そこは何としてでも自重しなさいよ.じゃなきゃ自分でレプリカでも作るとかさぁ.
 ・・・そう考えると小幌は昨年の廃止騒動中でも観光案内と巨大入場券しか盗られなかったなぁ.ゐや「しか」なんて書き方は正しくないというか,実際に公共の用に供するために設置したモノが何者かの手によって持ち去られたという時点で被害は被害なんだけどさ,駅名標とかそういうのは一切無事だったなーと.東追分なんて駅名標1枚も残らず盗まれたじゃない.まぁ最終日の動画でよく「ありがとー!」とか叫んでる連中が,熱意のあまりに暴走して「盗り鉄」化するのだと仮定すれば,小幌にはそんな輩は居なかった,ってことか.まぁ・・・おらんわな.あたしの知ってる限りでも小幌駅の常連ってのは何人もいるけど,自制の利かない鉄じゃなくて,大体は鉄を兼業した山屋って感じだし.


Nov15
 昨日朝から日が暮れるまで山登りに行って来て,今日は全身バッキバキですわ・・・壁というか崖というかを登ったり降りたり,他にも藪を分けたりしてると人生について考えませんか・・・ふつーの山歩きでそんなことはしませんか.そうですか.「重き荷を負うて遠き道を往くが如し」じゃないけどさ.「急ぐべからず,不自由を常と思えば不足なし」・・・まして目的地までのルート開拓まで自分でやってるからなぁ.自分が登り降りできる自然地形を,しかも目的地に向かって間違いなく進む・・・小幌に通うようになってからずーっとやっていることだけど,改めて辛いわぁと.でもそれ以上に,その先に待っているであろうモノを見たい.見たいのだ.

 というところで思い出したのが,何年か前のある冬の日のこと.小幌から徒歩で礼文まで移動して,その礼文駅で保線の人と会ったんだけど,小幌駅から歩いてきたと話したら「トンネルの中歩いてきたん?」と,こともなげに.「ゐやゐやそんな怖いことできますかいな.山のぼって国道出て〜ですよ」「あぁ,それでかんじき担いでるのか」なんてやりとりをしたんだけど,そうだねぇ,保線の人なんかはトンネルん中も歩き慣れてるよねぇ.あたしも廃線なら歩いたことがあるけど,さすがに活線,しかも室蘭本線級は・・・ねぇ.ゐや,でもトンネルの中歩くのを黙認してくれるならいろんな意味で楽だなぁ・・・などと.しかしよく考えてみると列車間合いなんかを考えると途中で一度も列車と行き会わずに新/礼文華山隧道 2.7km ちょいを通過するには,これを何分で歩き切らなきゃならないんだ? 走れば 20 分もあれば・・・だろうが,ただでさえ暗いし足場悪いし.
 「昔,保線の奴に連れていってもらって礼文から静狩までトンネルん中歩いたことがあるわぁ」なんて人もいたけど,そりゃ昔の話でしょうにねぇ.文太郎氏の逸話もあるように.まぁ貨物に臨時も含めて列車の通過時刻は把握できるけど,少なくとも JR 関係者にはそんなところを見られたくはないわなぁ・・・間違っても列車止めちゃったら大変だし.
 そういえば冬になるとよく見かける静狩〜礼文の保線トロッコ.何故か必ず「逆走」でやって来るんだけど,あれはもしかして非常時対策なのかねぇ.トンネル内には列車接近警報が付いてるし,彼らももちろん運行状況を把握しながら作業をしているだろうけど,万が一にも列車が来てしまった場合に後ろから来るよりも向こうから来た方が早く気付けるだろうしねぇ.まぁ問題は,トンネル内でそんな事態に陥ってしまった場合にトロッコを何処にどけるのかと・・・ゐや確かに何百メートルかに1箇所くらいの割合で通常よりでっかい待避所があるけどさぁ.ってそういえば古い方のトンネルの待避所は「デブは死ねと?」というくらいに狭いけど,そっちにはでっかい待避所ってあったっけか・・・

 覚え書き.2130 時点で 340,984.


Nov18
 道内ニュースではトップ扱いだったけど,全国ニュースだと末端も末端.時間枠によっては取り上げられさえしない.東京から見た地方交通というのはそういう扱いとしてみられているのだなということがよくわかる何かである.東京も他人事では済まないハズなのだがな.
 何のことかというと,JR-H が維持の難しい路線を正式公表したという件.マスメディアでは取り上げられないけど,同時に「俺らなんとか頑張ってるんだけどなぁ・・・」というプレスリリースも出てます.

 オイルショック前のような,作れ,増やせ,豊かになれという時代はとっくに終わった.これからは人口減少の時代を見越して,必要なモノだけ残して集約して整理し,ある程度の不便は受認せよという「撤退戦」を強いられることになる. ・・・という話がある.実際に北の大地では既にその「撤退戦」が始まっているともいう.具体例を挙げるなら,財政破綻から再生中の夕張市.
 JR-H の問題に関しては道庁は当然,国も動くことが決まったけど,もしかすると鉄路の問題もこの「撤退戦」を考えなきゃならんのかねぇと.
 そういえば国鉄末期の大赤字の大きな原因に,インフレに対して見合った運賃の値上げが認められなかったためという主張もある.値上げってのも,ひとつの選択肢と違うのかねぇ.まぁ今そんな話を持ち出したら大炎上必至であろうが,国鉄解体から 30 年,何だかんだ緩やかに物価が上がっている中で運賃の値上げを行ったかというと・・・本州3社は消費税関連で2回値上げをしたね.それとは別に3島会社は独自に1回値上げをしている.他に・・・あったっけ?

 それにしても,根室本線の富良野〜上落合はぶった切ろうと言っているのが意外というか何というか.ゐや,確かに営業係数は悪いかもしれない.JR-F も石灰石積み出し列車の関係で東鹿越までの営業免許を維持してるけど,実際には長いこと走ってない.なんだけど,釧クシの汽車を苗穂に入れさせるのに重要な路線じゃなかったのかなぁと.長距離普通列車として名を馳せた 2429D(現2427D)や,今は消えたけど 2522D→3430D なんかは滝川←→釧路の送り込みを兼ねて存在するスジだなんて言われてるからね.まぁそんなもん釧路に自前でやらせるか,じゃなきゃ石勝線回せば何の問題もないのだろうけど.臨時列車としてだけど,DC40 が楓〜上落合を走った実績もあったハズだし.マヤ検しかり.
 Dec1 追記:釧網・石北経由で回送するってプレスリリースが出てたのね.ってことは廃線にした後もそのルートで回送するのかねぇ・・・?

 山口よしのぶが未成線(佐久間線)をネタとして地方の「交通とヒト」を著したのがもう 19 年も前の話.まさかこんな未来が待っていようとは考えもしなかったろうな.あたしも考えなかった.3年前に「B線上の交声曲(カンタータ)」を著した時にですら,だ.
 19 年前といえばもうひとつあったね.国策による,そして国鉄解体後初となる 15 年ぶりの「シンカンセン」の開業と,それに伴う路線廃止と経営転換,地域の足を今後どうしていくのかという初めてのケースが発生したタイミングだ.きちんと考えられているとは・・・今でも思えないね.スケープゴートにされているとしか思えない JR-F と,しかして一方でがっつり守られている JR-F という歪んだ構図しかり.JR-F を批判するわけではないんだけど.何?大宮〜東京延伸? きーこーえーなーいー

 そしてあたしは寡聞にして先日知ったんだけど,

【お知らせ】今までご参加いただきました皆様、本当にありがとうございました。諸事情により当イベントは開催終了いたします。7回にわたりお付き合いいただきました皆様に感謝いたします。 https://t.co/gViyExq1DW

— 全国交通文化私設協議会(NIPAT) (@NIPAT_tw) 2016年10月3日

 ・・・というわけで,例年5月に開催されていた Little“T”Star! は終了と.8年間,7回に渡る開催にあたり,あたしは皆勤でした.初回は一般参加で,2回目以降が松風あおばとの「虹の卵」として,その後独立して「LavenderBlue」として,最後は金沢まで追いかけました・・・あたしが毎年5月に一次創作の新作を打ってる理由は,筆を走らせるのに快適な時期ということが第一だけどそれにプラスして,このイベントが5月にあったからでもあったんだよね.今はもうひとつ「コミケの谷間」ってのもあるけど(汗)ともあれ,これまで,ありがとうございました.
 鉄いイベントは他にもあるにはあるんだけど・・・具体的な名前は出さないけど,LTS が休催した時に出展した某イベントはやっぱり雰囲気が違うというか毛色が違うというか,なんというか・・・な訳で,「虹の卵」松風あおば共々に相当の理由がなければあのイベントには乗り換えるつもりはありませぬ.5月はティア1本に絞られることになりますね.今まで通りっちゃ今まで通りです.今後ともご贔屓に頂ければ倖いにございます.


Nov20
 さぁ,ドバッと出てきましたな某新.
 内容に関してはともかくとして,ともあれ総論富良野宗谷北留萌・宗谷北日高・室蘭東空知各線石北・釧網旭川,と.
 JR は金がない.沿線自治体も金がない.道庁や国にしても予算は限られている.出口はどっちだ.それにしても「JR と話し合ってもらちが明かない.いっそのことつぶれて,別の担い手になった方がいい」という「声が少なくなかった」には乾いた笑いしか出ませんな.JR が潰れて,次の担い手が出てこない現実に直面するがいい.ただ,これまでの JR 側の態度にも問題があったのは恐らく事実であろうな.
 高齢ドライバーの事故と,彼らの交通ライフラインの問題なんてのも最近ホットだしねぇ.こっちはもしかしたら自動運転や安全装置 fool proof といった技術の進歩が何とかしてくれる可能性もありそうだけど.
 そして相変わらずの某新社説.見事な煽り見出しです.だが数々の不祥事をして利用低迷に繋がったというのは視野が狭すぎやしないか.確かに不信感が拭えないとされて否定はできないが,利用低迷や採算が取れないなどの話はここ数年で始まった話ではないはずだ.そんな中で無理をした結果が本来必要であるハズの場所に予算や人手が回らず,ついには露見したというのが正解ではないのか.
 それに一部自治体の態度も気になる.公共交通の責任を果たせといっても,JR-H は一応民間企業.そして採算が全く合っていないと云っているのだ.それでも交通網としてどうにかしたいから,一緒に考えてくれと云っているのに話し合いのテーブルにすら付こうとしないのは何なの.一企業の健全な選択を考えれば,売れない上に改善の見込みもない商品はサクッと販売中止でしょうに.そうでなければ組織全体が潰えてしまう.
 こちらは東洋経済オンライン,あたしと同じく値上げもひとつの選択肢ではないのかという提言ですね.

 おまけ.鹿ボーナス.昨冬に宗谷北線行ったときは自分の乗った汽車が1日で2回も鹿ヒットかましたからなぁ.それくらいに多いんだよねぇ.何故線路に鹿が現れるのか,それに関しては JR-K が「鉄分求めてレール舐めに来てるんじゃね?」って研究成果を発表していた気がするけど,いずれにしてもまぁ困ったちゃんなのは困ったちゃんなわけで.
 さーてこちらも妙案は.


Nov22
 そういう話は確かに聞こえてきてはいたけど・・・某新が伝えないのは何故なんだろう.根室本線の東鹿越〜上落合が「突然死」しそうだという話.
 まぁ・・・JR の云わんとすることもわかる.沿線自治体だけの問題ではないといっても,道庁は道庁でアレだし.ほら,JR と沿線自治体の話し合いでは折り合いが付かなくて道庁にブン投げたら「もぉ面倒だからこれで良いんじゃね?」的に投げ返されて結局あんなんなっちまった例の件とか.結局,JR も JR なら道庁も道庁だと・・・

 なんか明るいニュースがないねぇ.


Nov23
 信号場化される前の小幌駅周辺の線路配置.これまでの通説に反して,現在の下り線そのまんまが正解で,開業時の「幌内隧道」は現在の新辺加牛隧道東口と一体化されており,現在の「幌内隧道」とは別物ってことで決定だわこれ. ・・・って話を先日書いたけど,まだまだ続きがありまして.
 信号場だった時は,どうだったのかという.まぁこれは通説通りに現在の新辺加牛隧道と礼文華山隧道山側,幌内隧道と礼文華山隧道海側,その2本のラインってコトで良いんだけど,安全側線やら何やらはどうなっていたのかという件.
 掘り出しましたよ・・・歴史文書の山の中から.副産物として 1947 年に起こった静狩〜小幌間での列車正面衝突事故の詳細報告が手に入ったので,共々まとめてみようと.

 まずは前提として.
 当時の室蘭本線は単線.ATS なんてものはない.
 小幌信号場は山側を東室蘭方面,海側を長万部方面の列車が通る,原則通りの「左側通行」.海側は「待避線」だったのではないかとしている人もいるけど,残念ながら誤り.ついでにその人が参考にしたとされる資料を良く読み込めば,礼文華山隧道内での分岐がこれまた原則通りの「両開き」であり,一方が通過線で〜なんて構造ではなかったことがわかるハズなんだけど・・・
 当時の信号場の構造として既に安全側線設置の規定はあり,多分に洩れず小幌信号場静狩方にも安全側線はあった.これは現在でも美利加浜隧道内の「信号場時代の遺構」部分が静狩方面海側に向かってやや広がった構造となっていることとも適合する.
 静狩・長万部方面の列車は通常美利加浜隧道〜幌内隧道間のわずかな明かり区間に頭を出して停止する.出発信号機は美利加浜隧道入口手前であり,現在の静狩第二閉塞信号がある位置である.ついでに幌内隧道手前に出発中継信号もあった.現在もこの場所には第二閉塞中継が建っている.
 機関車が「ひとつ山向こう」を停止位置とする関係からタブレット交換が困難であり,静狩〜小幌〜礼文間は連動閉塞が採用された.連動閉塞とは何ぞや?という向きは google 先生にでも訊いておくれ.
 タブレット閉塞でもこの原則は変わらないが,駅間を通過して良いという許可と,駅の場内/出発信号や分岐器とは連動や鎖錠関係になく,互いに独立して操作することになる. (誤りです.ちゃんと鎖錠関係にあります 〜Mar18/17 追記) また,連動/鎖錠関係にある場内/出発信号機と分岐器も,停止信号なら分岐器は定位にも反位にも操作できる (ただし列車の所在位置やそのタイミングによっては操作できない場合がある 〜Mar18/17 追記)

 以上,基礎情報.これらを踏まえた上で,読みとれることをざっくり時系列順に並べる.
 1947 年 3 月 31 日,17 時 30 分過ぎ.小幌信号場を通過する予定だった長万部方面行き貨物列車が機関車の不調のため,延長約 320 メートルの幌内隧道に 50 メートルほど頭を突っ込んだ状態で臨時停車した.ちなみに元々通過予定だったので出発信号はこの時点で進行表示である.
 すぐに助役と駅員が出ていって機関士から事情を聞き,機関車の不調と知る.助役が機関士に「修理に時間がかかるようなら静狩で交換予定の東室蘭方面旅客列車を先に通すけど?」と云ったのを,駅員は自分に対する命令だと勘違いした上に話の内容も一部落っこちて「静狩で交換予定の東室蘭方面旅客列車を先に通す」ものとして手配を始めてしまった.なお,助役は駅員にそんな命令を下したつもりはない
 まもなく機関士が「殴ったら直ったわー」というので,助役は「んじゃ発車して良いよ」ということになった.助役も機関士も,駅員が静狩からの旅客列車を先に通すための手配をしていることを知らない.この時点では約 300 メートル先にある出発信号機は進行表示だったが,発車後は煤煙等のため認識できなくなった(が,そのまま進行した)と機関士は証言している.
 駅員が静狩駅との打ち合わせを終了し,小幌→静狩の貨物列車の通過許可を取り消し,静狩→小幌の旅客列車に通過許可を与えた.続けて小幌信号場の貨物列車に対する出発信号を停止指示にした.この時点で貨物列車は既に発進していたが,出発信号を越えてはいなかったのではないかと推測されている.そして美利加浜隧道内の転轍機を小幌→静狩ではなく,静狩→小幌に列車が通れるようにしようとしたが,操作することができなかった(この時,出発した貨物列車が転轍機付近を走行中であり轍査鎖錠が掛かったものと考えられる).なお前述の通り出発信号が停止指示でも機関士は認識できなかった上に ATS も無いので貨物列車は止まらない.元々通過予定だった列車用に進路も開けてあったので貨物列車は安全側線に突っ込むこともなく静狩方本線に出ていった.

 貨物列車を見送った助役が詰所に戻ってきたので駅員がどうなったかと訊くと,貨物列車は発車していったという.これは大変だと,静狩→小幌の閉塞許可を取り消し,旅客列車を発車させないよう静狩駅に連絡を取った.
 同刻.静狩駅では小幌信号場へ向けて旅客列車が発車していった.これを静狩駅長と助役が見送っていたが,おかしなタイミングで出発信号が停止指示に変わった(小幌信号場側で列車の通過許可を取り消したため).違和感を抱いたが,列車を止めることはしなかった.その後,小幌信号場から旅客列車を発車させないようにとの連絡が入ったが,前述の通り.

 17 時 43 分.長万部起点 13.8kp 付近の第二静狩隧道内で両列車は正面衝突.両者とも先頭数輌は大破.乗客乗員等あわせて死者4名,重軽傷 60 名.ついでに別資料より「積荷」の馬5頭斃死.

 解説図とか描くの面倒なので省略.各自頭の中で「小幌駅ってあんな感じだよなぁ」ってのを描いてくだされ.そういうわけで,小幌信号場に安全側線はあったし,貨物列車はポイントをぶっ壊して出ていったわけでもない.だけど正面衝突事故は起きた.

 なお当然ながら,運輸省鉄道局より関係各者にお叱りの通達が降りている.
 小幌信号場助役:列車の行き違い場所の変更というような重要事項はヒラの駅員にやらせるようなコトではないが,今回駅員が勘違いしたということは普段から指示系統に問題があったのではないか?駅長共々猛省せよ.おまけに貨物列車に出発の許可を与えたとき,出発信号機の現示を再度確認したか?列車が出て行くまで異状がないか確認を続けたか?しつかりしたまへ.
 小幌信号場駅員:危険を察知した場合は上司の命令が無くてもこれに対応することは当然だが,そうでない場合は指名されたり面と向かって命令されたのでもないのにこの種の行動に出るべきではない.ついでに命令を受けたのなら復唱して誤りがないことを確認せよ.
 貨物列車機関士:元々通過予定だったし,非常事態で通常の停止位置と違う場所で停止したことは責められない.発車時にも進行表示であることを確認しているから,それが途中で変わったり見えなくなったりしたというなら,むしろシステムの方に問題がある.しかし普段は通過でないなら出発信号機の前で停止して状況を確認してから出て行っているんだから,今度からは漫然と出ていくようなことはやめてくれよ?
 静狩駅長&助役:おかしいと思ったのならすぐに列車を止めろよ! ・・・まぁ止められなかったかもしれないが,そもそも止めようともしなかったとは何事か.

 こういうこともあったし,小幌信号場に関しては信号場の転轍機が然るべき方向に開通していなければそもそも閉塞を出せないようにシステムの改修を考えよう.それまでは停止した列車は必ず出発信号機の位置から出発するよう,各員頼む.
 ・・・という言葉で事故報告書は結ばれている.

 さてお気づきだろうか.まだ謎が残っていることに.原則通りの「左側通行」だったのなら,礼文華山隧道内のどこに安全側線があったのよと.小幌駅から見て左側の口から入っても,その左側に空間なんかねぇぞ?と.そりゃそーだ.どうもなかったらしいんですよ.安全側線.まぁ停止位置から合流点まで 200 メートル近い滑走余裕距離があるし・・・ってのもあるんだけど,どうやら脱線転轍機なら設置されていたっぽい.JR 線では珍しいけど,大糸線南小谷の糸魚川方出発に今もあるらしいね.脱線転轍機.
 あ,更なる副産物として鳥伏信号場のどこにどういう信号機が建っていたのかって史料も掘り出した.が,配線図が出てこない.当時の航空写真と照合すると,どうも変則的に右側通行だったっぽいねぇってことになるんだけど.加速線があったというのも史料から確定.これは通説通り.

 話は大きく変わって.
 幌延町が喉元に刃物を突きつけられていた3駅を存続させる方向で動いていることが明らかになったね.前途多難と思うが,そうと覚悟を決めたのならなんとか耐えて欲しいものである.
 それとは別に・・・何日か前の記事になるけど,暗に道庁を批判する記事なんてのもあったのね.「バス会社に道路の維持費を負担させたとしたら経営は成り立たない」・・・ですよねー.
 鉄道の話からも離れてしまうけど,「雪で立ち往生の車に罰金を検討」なんて記事が.いいぞがんがんやれ.「そりゃ道民は雪慣れしてるからなー」じゃなくて,氷雪路がどういうモノか知っているからそれだけインフラ整備や車の装備に金をかけて準備をしているのであって,こちらに言わせれば「あんたらが雪を舐めてるだけだ」なんだけどねぇ.ノーマルタイヤで 1cm 積もったらまともには走れないと思った方が良いぞ.そして自分の車で冬の三国峠(新潟/群馬県境)を地元感覚で走ったら暴走車扱いされた経験のあるあたしなのでした・・・ゐや,東京からの観光で来たんなら怖いよね.確かに.そこを平然と制限速度で走るのは・・・うん,それは氷雪路に慣れてるからだ.認める.


Nov24
 まずは昨日の話にちょっとエラッタ.
 貨物列車の機関士は発車時に「出発信号を確認していない(もしくはできなかった)」としてしまったけど,正しくは「進行表示であることを確認したが,発車後は煤煙等のため認識できなくなった」が正解.ちょいっと書き直しました.

 そして昨日の話,ちょっと補足.
 あたしがどーにも疑問だったのは,静狩→小幌への閉塞承認が出ていたにも関わらず,何故貨物列車は静狩へ向けて出発できたのか,だったんだよね.「ふつーに考えれば」安全側線に突っ込むか,もしくは安全側線が存在せずかつポイントを割って進出したことになってしまうではないかと.しかしまぁ,これは完全に現代人の思いこみでしたわ.「静狩→小幌の閉塞承認が出ているなら,当然に小幌側は静狩からの列車を受け容れる状態になっているはずだ」という.ところがよく考えてみればタブレット閉塞がそうであるように,閉塞承認と場内信号関係は互いに連鎖関係にない.そして事故報告書の結びにもあったように,現代のあたしが考える「当然そうなっているはず」が実現されておらず,それを実現する必要があるとしていること.それこそが解であり,謎が解けました.いろいろ苦労した甲斐がありましたわ・・・が,やっぱり新たな謎も発生しているので更に苦労することになりそうですよっと.
 ついでに白状しますと,上り静狩第二閉塞信号が何故小幌駅構内ではなく美利加浜隧道手前にあるのか,てんぽく 2000 氏に先日紹介した動画の中で)指摘されるまで気にも留めてませんでしたっ!(爆
 それにしても時代なのか・・・この事故の教訓はその後に全く活かされませんでしたな.ATS を整備しないとダメだというきっかけになる事故が起こったのがこの約 10 年後.この閉塞方式には欠陥があるんじゃねーかということが大きく取り上げられるきっかけとなった事故が更に6年後.タブレットのような物証もなく,ATS もなく,最終的には機関士の注意力によって進路の安全が担保されるってな方式じゃなぁ.
 ともあれ,事故の件に関しては諸々まとまった段階で某百科事典にまとめます.それは即ち情報の出処も明らかにするという意味ですが,それまでは事故報告書の正体はちょっと伏せさせて下さい・・・ゐやなんかもぉ「省外極秘」とか印が捺してあったり,軍の検閲済みが云々なんて印が捺してあったりする資料がぽろぽろと・・・ゐやもう全部時効だと思うけど.あたしの目に入るくらいだし.

 ってか冬コミの進捗どうなんですか.はぃ,進捗ダメです.

 さて,今日の某新社説.あちこちからの批判が耳に届いたか,いやそもそも書いてる人間が違うんかなってな記事が出ましたな.道庁が主体的にまとめろよと.ただ,ひとつ意見を付けたい点がある.はるみちゃんは「行司役に留まろうとしている」んじゃない.完全に「関わり合いたくない」という態度だ.なんというか,現在4期目だけど,3期目以降のはるみちゃんは何をしたいのかよくわからなくなってきた(個人の感想です).特に4期目に入ってからは(一般保護例外です.強制終了します


Nov25
 昨日までの話と続くような続かないような話だけど.
 そもそも蒸気機関車って前見えないよね・・・むっちゃくちゃ前方視界悪いよね・・・小型のならまだともかく,本線級の大型になるともぉ何をかいわんや.DD51 の運転台に座ったことがあるけど,あれでさえ「これで札幌〜函館を動かしたりするのか・・・大変だぁ」と思ったもの.その点で EF63 なんかは視界も良いしで良かったかねー.協調運転の状況表示が首を捻らないと見えない場所にあるのがアレだけど.ついでに EF62 は後付けの ATS-P に頭をぶつける.悪い意味で良い位置にあるんだ,あれが・・・

 で,今日の道新.何か日高本線の風向きにちょっと動きが.えぇい仕方がない,金は出すからなんとかしてくれ!っつーのは昨年の豊浦町(小幌駅),そして今年の美深町(南美深駅),幌延町(糠南駅ほか3駅)に続いて4例目かね.短期的には「沿線自治体と JR でなんとか話し合ってよ」で良いかもしれないけど,広域広範囲すぎて中長期的には道庁や国が積極的に介入しないと結局は破綻しかねないようにも見えるのだが・・・

 なんというかこう・・・不完全燃焼感.


Nov26
 また某新がというか,JR-H がというか.音威子府村に示した駅維持費予算がアレだったという話.本当に間違えたのか,騙そうとしたのか,はたまた単にザルなだけなのかはわからんけど,ただでさえ信頼落としてるんだからちゃんとせんと・・・
 昨年の豊浦町の時もそうだったじゃない.一体いくらかかるんだと問われていつまでも回答を示せなかったり,しまいには本当にやる気があったのかどうか怪しいホームの改築費をしれっと盛り込んだり.なんつーかなぁ.

 なんつーかなぁといえば,先日掘り出した小幌信号場の図面と現状を照らし合わせると,やっぱり先日書いた複線化工事が始まってから完全複線化までの間の件はあたしの妄想で終わったかなぁと.
 にしても,列車通しながらやりますか・・・上り線側は新礼文華山隧道の構築物が攻めまくってるし,幌内隧道は戦時突貫で作った奴を当時の技術で完全改築してるじゃない.しかも覆工厚 60cm だぞ.鍋立山かお前は.そして当時のダイヤグラム見ると今より列車頻度が高いでやんの.笑うしかないだろこれ・・・ゐや,でも実際にやってるんだよなぁ.美利加浜隧道の切り広げ,礼文華山隧道の切り広げ,新辺加牛隧道の接続と切り広げ・・・
 鍵のひとつはあそこだろうなーと思いつつ google 先生の写真を見ると,どうも最近更新が入ったようで.6〜7年前の写真だったのが,この夏と思われるものに差し変わってる.そして夏には夏の山登りがあるように,冬には冬の山登りがある.楽しい季節がやってくるぞっと.

 その前にコミケはどうした.はぃすんません進捗ダメです.


Nov27
 あたしは自他共に認める「鉄」ではあるが,では何「鉄」かと問われれば・・・広く浅くとしか云いようがないのだよなぁと.
 ともあれ,そんなあたしも「乗り鉄」に興じていた時期がありましたというか,旅に出たいし,どーせなら通ったことのないところを通ってみたいという,まぁそんな理由で.ところが,道内に現存する路線で乗破したことが無いどころか,線内に一歩も足を踏み入れたことすらない路線がふたつある.留萌本線と日高本線.皮肉にも共に瀕死の路線である.
 留萌本線の末端区間は以前から災害による長期運休なども度々起こっており,ついでにいえばあと1週間の命である.そのうち行きたいなぁなどと思っているうちに,両線ともその機会を失ってしまった.そして,件の留萌本線は最期の盛り上がりを見せているらしい.
 よく「葬式鉄」などと呼ばれて批判の対象になる連中がかなりの数増しに貢献しているのだろうが,そこまで悪いものでもないでしょ.葬式鉄.告別式に人が来ないなんて,寂しいじゃないですか.モノが盗まれたり場が荒れたりするのは「葬式鉄」特有の現象ではなく,人が増えれば中にはそういう奴が必ず紛れ込んでくるモノです.こればかりは・・・と言いたいトコロなんだけど,ほんと物盗りなんかは自重しような? そして人大杉とか騒ぐ連中には,あたしが 19 年前の碓氷峠で教わった言葉を何度でも吐くぞ.「一昨年来やがれ」.2年前ならまだ閑散としていたハズだ.逆に,人が沢山集まっているからこその,最期の記録,なのではないですかねぇ.
 あたしも最期はちょっと乗りに行くかなと思っていたんだけど・・・やめた.どうしようかこんな時期までずーっと悩んでいたんだけど,ようやく決心が付いた.自室で静かに見送る.正直言うと,いろいろあって金欠病なのだ.昨年末に転職したから・・・うん,それもある.「人に会いに行くのに金と暇を惜しむな」とは誰かに教えられた気もするが,今回は惜しむ.これまで縁もゆかりも想い出も何もなければ一度も足を踏み入れたことすらないというような輩が,葬式だからといってしれっと参列するのはどうかなとも考えてしまうのだ.だがいつか,会いに行かなかったことを後悔する日が来るだろうか.

 そんな中,ちょっとだけ考える.先日の山口よしのぶの佐久間線の話じゃないけど,留萌本線が予定通りに雄冬の険を越えて石狩市に至り,新琴似の南から札沼線と合流していたなら.増毛も,雄冬も,浜益も,厚田も,石狩市本町も,今とは違った姿だったのではないかなと.ゐや,それでも留萌〜石狩間は整理対象かなぁ.
 雄冬の険としたけど,これがまた陸の孤島なのだ.地続きにも関わらず昔は船でなければ行き来できなかったという.その後,結局鉄道は来なかったが,国道は開通した.しかしその国道も「とりあえず通しました」的な道で,度々災害で通行止めになったり,20 世紀末からこっちずーっと絶賛改築中だったりする.夜間集中工事で度々通行止めになったり.
 繋がるべきところが繋がらなかったからなのか,はたまた時流的なモノなのか.今回廃止される区間は度々災害で運休していて維持費ばっかりかかるんで潰したいという以前に,その使命を終えてしまったのではないかという感すら・・・所詮は都市部に住む余所者の目でしかないのだが,そんな感じがある.
 でもね.純粋に輸送機関としてではなく,他の視点を持ち込んだ場合.鉄道というのはその「存在感」ではないかと思うのだ.かつてあたしも著したように.鉄道がなくなったからといって,必ずしも町が衰退するわけではない.発展を続けている例があるコトももちろん知っている.だがそれも他の何かがあってこそだ.

 鉄道が使いにくいから,地元自治体がバスを出したりする.バスが出ると鉄道の利用者が減るから,余計に鉄道は採算が合わなくなる.以下省略の無限ループの構図であるが,それを逆回しにした例があったなぁということを今日になって突如思い出した.
 「せっかくうちのすぐ近くに線路あるんだからさ,駅作ってよ!」
 「駅作ってもなぁ・・・そんならおたくのバス廃止にして,客をこっちに回してくれる?」
 「よし,商談成立!」
 そうしてできたのが現在の札沼南線北端とされる,北海道医療大学駅と聞く.それまでは当別からスクールバス的なモノを出していたとか何とか.現在では大学の建物と駅がほぼ融合していてどこまでが大学の敷地でどこまでが JR の敷地なのかわからないほどである.それくらいに近い.だからこそ「○○大学前」といったような名ではなく,大学の名前そのまんまが駅の名前になったのだろうか.

 で,話は飛ぶんだけど.いつぞやに小幌へ汽車で行こうとしたんだけど,どーしても汽車が豊浦止まりでさ.ところが調べてみると豊浦駅から礼文華の先まで町営のバスがあるという.よーしこれだと荷物をまとめて旅立ったが・・・・・現地で初めて知ったんだけど,このバスが土曜休日はウヤでさ.礼文華からなら歩くけど,豊浦本町から歩くには遠すぎる.信号設備的には礼文駅でも折り返しは可能なんだから,礼文華峠は越えなくてもせめて礼文駅まで来てくれないものかと天を仰いだね,あの時は.ところが礼文華峠を越えないのなら豊浦で折り返しというのは大昔からの伝統らしいね.今はないけど,峠の反対側では長万部から来て静狩折り返しってのもあったそうな.

 まぁそんなよしなしごとを.
 最後に,数日前の物だけど ITmedia に出た JR-H 批評ネタ.これまた言いにくいことを・・・


Nov30
 囀り場で「3億円もらうか絵筆を折るか」っつーボタンが回ってきた.

 ゐや,正確には「3億円もらえる.ただしもらえば二度と絵は描けないし,興味もなくなる.3億円と絵筆,どちらを取る?」と.
 あたしは即答で絵筆の方を選んだけど,2:1くらいで3億円を取っている人の方が多かったなぁ.まぁ絵描き限定でやっていた話でもないしね.

 確かにあたしは絵筆を取る度に「辛いわー」とぼやくわ,原動力が嫉妬と怒りだとかのたまってはおるが.あたしにとって絵筆は長い間の憧れだったのだよ.いまだに描きたい物なんて全然描けやしないけどさ,それでもここ数年やっと他人に見せられるかな,ってようなものが描けるようになってきたんだ.
 描きたいモノがまだまだあるし,描けるようになりたいし,絵筆でぶん殴りたい相手もいる.
 しょっちゅー何を描いて良いのかわからなくなるし,思うように描けないなんてのはいつものこと.それでもだ.

 でも落ち着いて考えてみると,即答で絵筆を選んでしまうような奴だったんだなぁ,あたしは.

 何が言いたいかというと.
 進捗ダメです と.
 締切いつだっけ.考えたくもない.

 まだ 11 月だ.遊ぼうぜ!(ぉ



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