"Log" と書いて「こうかい日誌」
それはあたしの想いの断片.



May22
 何故か不定期更新モードが継続しております・・・

 えーと,Report の続き.
 中須田から更に駒を進めて上ノ国.駅は商工会の建物と一緒になってていろいろ・・・なんだけど,北海道新聞で江差線の連載をやっていた時の切り抜きが掲示されてまして.駅ごとに話が進んで行くんだけど,特に目が留まったのが連載の最終回・江差駅.江差の町には観光名所もある.そして鉄道に乗って旅人が押し寄せてくる.しかし彼らは駅から出てこないで木古内方面に帰っていく.休日に無料循環バスを走らせたが利用は伸びない.関係者にもどかしさが募る・・・と.
 なんだかどこかで聞いたような話だなぁと.ゐやどこかというか小幌なんだけどさぁ.駅からどこにも行けないなんてコトはないのよ.山道が近くの海岸や,少し離れた観音堂まで続いている.あたしが初めてあの駅に降り立った時なぞは道なぞあるやらないやらという状態だったけど,現在は関係者(あたしのコトではないぞ?)の尽力によって草の時期でもはっきりとした道が確保されている.だけども訪れる人はしばしば駅から離れず,離れようともせず,これは道がない,駅から出られない,秘境だ秘境だと満足して(?)去っていく.
 なんだろうね.ゐや良い悪いとかではなく,押し寄せてくる人々のほとんどは観光ではなく,そこに来ること,それまでの道中こそが旅の目的であるわけで,駅から出てこないってのも理解できるんだけどね.そしてそういった旅行者は大抵スケジュールに余裕がない.

 さて,上ノ国からは風の強い,ついでにアップダウンのある海岸沿いを延々走り,最後の駄目押しに急坂上らされて江差.駅前はお祭り会場となっており,椅子とテーブルが出るわ,露天が出るわ,ステージ・・・は夜明け前からあったか,大漁船は出るわ,代替バスの展示も出るわと.バスは中に入ることもできて,新製のバスらしく低床フラットだわ液晶ディスプレイの運賃表示器やら何やら・・・輸送モード自体が違うけど,DC40 から一気にこれでは浦島太郎だよなぁなんて.
 まぁせっかくの祭だし,そろそろ昼だしってことで地元の精肉店が出していた露天で鶏唐揚げ串を入手・・・は良いんだけど,なんだか反則的に旨かったんですが.何ですかアレは.肉が違うのか? それともあたしの料理の腕が残念すぎるのか? コンビニでも最近は同じようなモノがよく売ってるらしいけど,あっちはどうなんだ? とまぁぐるぐる考えながら歩いていると,北大鉄研のネームプレートを付けた子を発見.そして何故か高速認証される自分.そんなに有名人かというか,記憶に残りやすいのか.あたしは君が誰だか実はよくわかってないんだけどね・・・前会長君で合ってる? で,何やら祭の会場の一角で地元の人 feat.北大鉄研によるかつての江差駅周辺のジオラマを展示しているという.あぁそういえば函館新聞のオンライン記事でそんなの読んだなぁと.それはともかく,地元の人々が「そうそう,こんなのあったわ」と盛り上がるジオラマと,現在の光景を重ね合わせてみると・・・似ても似つかぬわなぁと.話の繰り返しになるけど,それはきっと小幌も同じなんだろうなぁなんて思いつつ.

 そして時刻は 1230 を過ぎ,駅前のステージではさよならセレモニーが.一部映像はこっちの北海道新聞の Page で見られるんだけど・・・これ,いつまで有効なのかな.ともあれ,札幌からだと汽車でも車でも何で来ても4時間半はかかるという,ある意味東京よりも遠いこの地にわざわざやってきてスピーチする JR-H 社長.「柿沼さんの嘘つき!あんたもう廃線は作らない,そのための DMV だって豪語してたじゃんか!」・・・なんていうネタ半分のヤジはココロの中だけにしておいて・・・件の DMV もいろいろあって実用化の目処が立たないしねぇ.ToT もどこ行っちゃったんだか.さておき,江差町長は「断腸の思い」と.そりゃぁそうだよなぁ.もう少しですぐ近くをシンカンセンが通る.期待するモノはあるだろう.それがなくても鉄道が消えるというのは大ダメージだ.
 1303,8分遅れで木古内方面からの列車が到着.ウテシと駅長に花束が渡され,混雑する車内とホームにドアを閉められず手こずりながら 1317,4分遅れで折り返しが木古内方面へ発車.しばしの「平和」が戻ってきます・・・
 あたしはどーするかなーと逡巡の末,湯ノ岱方面へ再びチャリを走らせることに.

 Report は続くのです.



May25
 朝っぱらから「弱ってるなー,自分」という夢見で.その後も寝たり呆けたりしているうちにもう夜ですわ.充実した日曜でございました・・・なんつーかここの更新も不定期になってるし,なんだか忙しいというか,弱ってるというか.

 Report の続き.湯ノ岱方面にチャリを走らせ,上ノ国の駅で昼飯.その後も特に目的なくチャリを走らせ,桂岡付近でなんとなく汽車を撮るのによさげなポイントを見つけたのでうたたねしながら汽車を待ち・・・なんというか,上空を飛ぶヘリで汽車の接近がわかるというのがね.
 函館からやってきたという DE10 プッシュプルの臨時列車やら定期スジやらを撮って・・・・・遂に PC14 まで「レトロ客車」飛ばれましたよ,どうしますか・・・・・更に天ノ川駅へ移動.ここを最後の撮影地と決めて腰を下ろす.ゐや,ここから更に湯ノ岱方面へ向かうと,それなりに長い&歩行者が通ることなんか考えてないトンネルがあっていろいろ面倒なんだわ・・・

 まぁそんなこんなの天ノ川.バスツアーの人が溜まり,そうでない人が溜まり,駅周辺は路駐の列.特に駐禁というわけでもないからかパンダは通りがかるけど特に取り締まるわけでもなく.
 そうこうしているうちに警備会社の人がやってきて,JR 職員と思しき人がやってきて,バスツアーの迎えのバスがやってきて.そして 1645,およそ5分遅れで木古内行きの列車がやってきて・・・光のある時間帯の列車はおしまい.この後はチャリで江差へ.
 ・・・なんだけど,この時駅周辺はブヨが凄くてさぁ.特に虫除けも吹いていかなかったので右手首1ヶ所をやられまして・・・ゐやぁ,あれは本当にやられるとわかるね.腕を振って追い払ったけど,生かしておくべきではなかったような気もする.帰ってきてすぐに VeryStrong 塗り込んだけど抑えきれずに翌日にはやられた場所が硬結,右上腕の半分が発赤起こしてさ.まぁ発赤は1日,硬結は2日で解消したけど,VeryStrong クラスを適用してこれかいなと.全く恐ろしい子ですわ・・・ゐやまぁ対処が遅かった説も否定できないけどさ.

 夜の帳も降りる 1905,江差駅に函館からの列車が6分遅れで接近.折り返しは木古内方面行きの最終旅客列車.ホームには待ちかまえる人が溢れ,列車からも人が溢れ,また車内にも人が溢れていく.



 1915
 7分遅れで
 旅人を乗せた
 最後の列車が出ていく.

 駅前のお祭り会場は片づけが始まり,入れ替わるようにホームには投光器の準備が始まる.
 ところでこの列車が出ていった後も北大鉄研の子が何人か残っていたけど,彼らはこの後どうしたんだろうねぇ・・・?

 この頃になるとようやく文化会館の駐車場に空きが出始め,あたしは江差の町を徒歩でうろつきながら晩飯を喰い,駅ノートにラクガキを落とし,駅に溢れた多数の地元の人々,そして少数な同業者と共に,最終列車の到着を待つのです.


May26
 最終列車の到着は時刻表上では 2152.しかし予定通りに到着などするハズもなく.されどにわかに混み出すホーム上.相変わらず警察の人なども来ていて,こんな時間にご苦労様ですと・・・まぁ何で警察がちょろちょろ姿を見せているかというと,普段あり得ないような雑踏状況だからと.それを越えるものでも,それ未満でもなく.
 そんなこんなで 2207,函館からの最終列車が到着.普段なら,少なくとも昨晩は単行でやってきたスジが3輌編成で,しかも地元民でなければ何らかの帰りの足ないし宿を用意しなければならない汽車にも関わらずの満員輸送.当然にわき起こる拍手.ちなみにこの最終列車に乗って来て,江差から函館までバスで移動,函館から札幌への夜行バスに接続するというツアーもあったそうな・・・

 そしてホームから列車がはみ出ているためか,なかなか開かないドア.ドアが開いてもそれを知ってか知らずか,名残惜しむように,もしくは少しでも長く居座るように座席を動かない旅人達.
 しかしそんな時間も長くは続かない.係員に降車を促され,列車は木古内への回送準備に入る.

 2219.遠慮がちに乗務員室のドアが叩かれ,ウテシが降りてくる.江差町長から花束を渡され,2221,メディアの,そしてその反対側に陣取る一般人の光の洪水を浴びる.しかしゆっくりしている時間はない.

 2222.
 駅長と,地元キャラクターの合図で
 最後の
 本当に最後の列車が
 駅を離れる

 長い汽笛を残しながら

 しかしまだまだ人は散らない.ホーム上では地元の人々が横断幕を持って記念撮影.キャラクターは踊りながら撮影に応じ,少女は照明とテレビカメラを向けられる.

 一方では駅長が大勢の人々に囲まれ,カメラとマイクを向けられてインタビューに応じている.某紙によれば,着任当時は利用者と世間話をする余裕もあったというが,廃止が決まってからは多忙を極めたという.
 その一端を示す資料がある.廃止の方針が決定する直前の 2011 年度では 41 人・km-1・日-1 だった輸送密度が,2013 年度には 164 人・km-1・日-1 にまでふくれている(資料 12 ページ).
 頭を下げては帽子を落とし,更には胴上げが始まる.聞くところによれば駅長は 57 歳,駅はなくなれども,地元に愛された彼にはまだ活躍の場がどこかにあるのだろう.

 駅長は事務室に戻り,応援に駆けつけたと思しきスタッフとの打ち合わせが始まる.帰れとばかりに駅待合室は照明が落とされているが,それでも人々は散らない.散らないというか,臨時の記念切符売り場は元気に営業中だ.
 しかしそれでも,あたしは帰らなければならない.

 2300 頃.少しずつ人の減ってゆく江差駅を離脱.0500 頃に現地に到着してから 18 時間の間に撮影した写真は 620 枚以上.文明の利器に任せて数打ちゃ当たるとばかりに撮りまくったせいもあるけど,それにしても1日でこれほどの枚数を撮った記憶は過去に例がない.
 とりあえずカメラとフィルムを持っていこうといって,惜しみながらシャッターを押して 80 枚弱の写真を確保した 19 年前の深名線・最後の2日間.
 27 枚の銀塩写真と,100 枚近くのデジカメ写真(38 万画素)を持ち帰り,こんなんじゃダメだ!とあたしが一眼を持つきっかけとなった 17 年前の信越本線・最終日.
 今のあたしがその場に居合わせたら.一体どれだけの記録を残しただろうか.


 駅は町のコミュニティスペース的なものとして残るらしい.しかし翌朝に訪ねた旅人の報告によれば,ホームへのドアは開かず,南側にあったラッチにも鉄パイプが組まれホームへは入れなくなっていたという.また別の旅人の報告によれば,12 日朝には既に木古内駅構内・海峡線分岐から江差方面へのレールが切断・撤去されていたという.各所の踏切には利用停止を示す看板が用意されていたほかに,地面には鉄パイプを組むための土台が設置されていた.線路への進入を阻む柵が即座に設置されたことは想像に難くない.
 こうして,彼の鉄路はその役割を終えたのだ.

 深名線最終日にその車内で意気投合した旅人達と「次はどこだ」トトカルチョをやった記憶がある.候補は3つ.石北本線上川〜白滝間全駅廃止.札沼線浦臼以遠廃止.江差線木古内以遠廃止.
 ひとつめは1駅残ったがほぼ現実になった.ふたつめは今のところそのような話はない.候補に挙がらなかった池北線が消えた.そしてみっつめが現実となった.


May27
 「葬式鉄」的な行為は,あたしは好きじゃないんだよね.これといって縁もゆかりも思い入れもない路線に,廃止されるからって理由で詰めかけたくはない.江差線は7年前に行ったことがあるし,まぁあたしはそれで良いやと.
 そう思ってました.

 結果的には行って良かったと.多くを見せてもらった.多くを学ばせてもらった.多くを確認することができた.縁もゆかりもないって件に関しては・・・考えてみれば7年前に初めて辿ったときに,汽車に乗り,車で回りして濃密に沿線を回り,その記事を北大鉄研に寄稿してるんだよね.言うほど縁もゆかりもない路線でもなかったかなぁと,「葬式」参列の理由を後付けして.

 ここで問題です.来るときは 2430 に札幌を出て,0500 現着でした.その 18 時間後の 2300 に現地を出発して,札幌に戻るのは? なお,雅美はほぼ2徹状態であるとする.
 ぐったりですわ.八雲のローソンでうとうと.半分寝ながら走って長万部のローソンでうとうと.コーヒー買って礼文華峠のチェーン脱着場で仮眠.あたしにとっては勝手知ったる土地だけど,ふつーに考えればのうのうと寝てられるような場所じゃない山の中.目が覚めて走り出すも豊浦のセイコーマートで電池切れ.こいつもうダメだ.
 しかしまぁ,その後は何とか走り続け,部屋に着いて 0540 頃.風呂に入り,朝飯を喰い,横になれば・・・気が付けば西に日が傾いている.

 ここまでの写真を見て頂いての通り,汽車が主たる被写体の写真なんてほとんど撮ってない.そこはいつぞやのブルートレイン本でお見せしたものと同じですや.あたしは汽車が見たかったんじゃない.汽車のある情景を,その周囲の人々を,その空気のようなものを,そういったものを見たかったのだ.


 昔からそういうタチなんだよね.深名線最終日に吶喊した時だって,車輌形式もわからずにどこぞの鉄っちゃんが持ち込んだ自家製サボを見て解説を受けるも「今日でお役御免?日本ではここでしか走ってない形式?そうなんだぁ.DC53?よくわかんない」状態.毛色の違うのが連結されてるなぁと思いつつもその違和感の正体が「苗穂から借りてきた札沼線用の DC40」だったことを知るのは数年後.多分,周囲の鉄っちゃん諸氏とは見てるモノが違ったんじゃないかなぁと.そしてそれは今回も.

 ちなみに早朝の江差駅を皮切りに,湯ノ岱,宮越,桂岡とランデブーした鉄氏と最後に顔を合わせたのは午後の天ノ川.あたしと同じ列車を見送った後に「撮るのはこれでおしまい.次は乗るぞ.最終列車乗るよ!」とゆーておったんですが,さてさてどっちの最終列車に乗っていったんでしょうねぇ・・・


May28
 黄昏急行が来年廃止ですか.予想より1年早かったねぇ.まぁ今秋から青函隧道は夜間の通行規制が入って夜行列車の運休等が発生するというアナウンスもかかってるし,それならもうとっととやめたいって事情もあるのかもねぇ.
 アルビレオ的な奴は 2015 年度末での廃止を検討中ってのがリークされてる.残るは「双鰹」がどうなるかだねぇ.「すなはま」的な奴は・・・ふつーに考えれば 2015 年度末でその役割を終えることになるけど,さてどうなるか.夜行の強みを生かして 18 時に東京を出れば翌朝6時には札幌に・・・・・ゐや,それだったら最終のひこーき乗って千歳で前泊ってのがふつーの考え方か.やっぱ「ない」な.

 対して九州に続いて西や東が高級クルーズトレインが何とかって打ち出して来てるけど・・・どうにも興味を惹かれないんだよね.あたしが庶民だからなのか.少なくとも身近なものではないし,遠くに連れていってくれるというロマンもない.「将来の顧客」を鉄道旅行に引っ張り込んでくることもできず,ただ現時点においての富裕層を狙っただけの刹那的なモノに見えるのは・・・・・あたしが庶民だからですかねぇ.

 それでも「夜行」の生き残る道はあると思うんだけどねぇ,あたしは.いくら長距離移動のための時間が短縮されても,「休むための時間で移動が完了する」ことのメリットには勝てないと思うんだよねぇ.まぁ問題は現状において「休むための時間」の間に移動が完了できなくて結局他の高速移動手段に負けることと,逆に高速移動手段を夜行化すると休むための時間よりも短時間で目的地に到着してしまうことか・・・ゐやまぁ往年の「快速ミッドナイト」みたいなやりかたもあるけどさぁ.


May31
 なんか疲れた感じでダメダメでございます・・・

 さて.May11 総括の続き.
 件の駅長氏,駅が動き始めた時間帯の写真に既に写ってるんだよね.昼のセレモニーにももちろん出てる.列車の来る時間帯には写ってる.最終列車が出ていった後は胴上げされてる.何時間働いてるんだというか,休む余裕もなかったのではないですかと・・・
 ゐや,元々この業界は・・・少なくとも JR-H は 24 時間交代制だと聞き及んでいる.とはいってももちろん 24 時間働きづめとかそういうことではなくて,あくまでも拘束時間が 24 時間というだけであって休憩時間は結構あるらしい.あるらしいが・・・いやはや,お疲れさまでした.

 そして実感したのが「やっぱ大口径は正義だなぁ」と.何の話かというと,レンズ.正確には大口径というより明るいレンズか.
 先日の江差線,日が暮れてからの写真も結構あるけど,三脚使ってないんだよね.もちろんそんなもの展開できるような状況ではない.ついでにフラッシュも使ってない.本気で光が欲しいなら投光器でも持ってこなければならない状況,本体内蔵のそれしかないなんていうことになればもぉ言わずもがな出力が全く足りない.
 相手が静止しているものなら近年もてはやされている ImageStabilizer 的なもので結構なんとかなるんだけど,この場合は対象物が動いているんでシャッタースピードをある程度上げなければならない.シャッタースピードを上げるならそんな機構いらないわけで.じゃあどうやって明るさを稼ぐかとすれば,あとは感度を上げる/絞りを開けるという選択なわけで.本当は絞りも入れたいんだけど,あたしのアマチュア向け機材では感度が足りずに絞りを開けざるを得ず・・・という状況で.なんというか,あと一声の無理が利く,というかさ.ボディの方で高感度が使えればそれが一番良いんだけどね.
 まぁそれにしても近年の機材を使えば結構なんとかなるもんだねぇというか,たった半日で「置きピン盲撃ち」が上手くなった気がするですよ・・・えぇ,ファインダー覗けるような高さでは前の人の頭しか写せないので,頭上に掲げることになるわけで.その状況から距離と画角を合わせて獲物を狙わなければならないわけで.液晶モニター起動でライブビューモード? そんなもの使っていたら電池がいくらあっても足りません.却って爆死ですって.
 そんな感じでさ・・・

 更新サボっていた間のネタもうひとつ.
 チャリの話がね.貧脚をカバーしてくれる何かってないものかなーと.
 わかりやすい解のひとつとしてはビンディングペダルを使うこと.引き足が使えるようになって効率が良いらしいんだけど,信号でちょくちょく停められる場所を走るには面倒というか,場合によっては危険を伴うというか.ついでに靴も専用のモノが必要になってくるし.
 それじゃあ昔よく見たトゥクリップはどうかというと,今もあることはあるがあるが,よほどのこだわりがなければ避けるべきモノであるとの評.はまらないし,抜けないということで.ビンディングの方が効率も安全性も上だと.本当に爪先部分だけ引っかけるハーフクリップなんてのもあるそうだけど,これがまた無いよりマシ程度のモノでしかないと.
 ってか今使ってる標準装備のペダルが重いのだよ.明るい時間帯しか走らないのに反射板とか付いてるし.もう少しどうにかならんのか・・・と調べてみると,踏面積の大きい(そして軽い)ものを使うとそれだけでも結構違うらしい.なるほどねぇ.今度東京行ったときに,某でかいチャリ屋でも覗いてみようか・・・

 というところから芋づる式に,白麗に標準装備のクランク廻りは安物だという話が目に留まって.そういえばどーしてクランクだけ Tiagra じゃなくて非シマノ使ってるのか気にはなってたんだけど,コストダウンでしたか・・・ゐや,ハブも非 Tiagra なんだけどさ,こっちはディスクブレーキ使ってる都合上やむなしで.
 でまぁ,安物で何か問題があるかというと・・・ハンドルバーを換装してからフロントギアを上げたときに入りにくくなってね.シフター変えたからかなーと何となく思ってたんだけど,話によるとそもそも噛み合いの悪いギアだと.まぁ「換装した」という体験記事だから古い装備をこき下ろす部分を何割引かで聞いたとしても・・・やっぱりスペック考えると「Tiagra より下じゃん?」となるわけで.そういうスペックだと来れば廉価モノかとなるわけで.廉価モノと来ればその辺が残念な作りになっていたとしても全くおかしくないわけで・・・
 結局換装するハメになるなら,廉価モノ使ってもコストダウンにはならないんだよなぁなんて考えつつも,換装しようなんて考える奴は顧客のごく一部であろうからやっぱりこれで良いのかなぁなんて考えつつ.とりあえず Tiagra グレードのクランク廻りはセットで揃えてもまぁそれなりのお値段で手に入る.しかしデザインが気に入らない(笑).それじゃあ良いデザインで互換性のあるモノはあるかというと,Ultegra グレードでそういうものを発見した.ギアだけでも Tiagra グレードの3倍近くも値が張って結構いいお値段.他のパーツはグレード上げてもそこまで激しく値段が上がることはないので,フロントギア周辺って加工精度諸々を要求される部分なのかなぁと.そんなところに廉価部品突っ込まれた日には・・・・・先の「そもそも噛み合いの悪いギアだ」記事は本当にその通りなのかなぁと.
 しかしフロントギア・クランクだけ Ultegra で,残りは Tiagra ってのも何か間抜けな話だ.それじゃあディレイラーも Ultegra に換装するか.これも上位グレードだと(何が違うのかは知らんが)サクッとはまると言うしなぁ.
 そういえば先日のゆゆしい走行会の上り坂で酷い目に遭ったこともあるし,駆動系いじるなら「乙女ギア」の導入もアリかなぁ.これも Tiagra と Ultegra に相当品があると来て,さほど大きく値段も変わらないと来れば Ultegra を選択でしょう.それならディレイラーも・・・ Tiagra のままでも互換性があるけど,やっぱり Ulgetra に換装しようかなんて話になるわけで.
 ってちょっと待て.駆動系全部 Ultegra に換装されちゃったぞ?(笑

 まぁ脳内でやってるだけならタダなんだけどね.何というか,フロントギア・クランクを交換しちゃうと,あとは工具代考えなければ「ついで」で計上できる程度のコストなもんでね・・・それでなお走りやすくなるなら良いかなぁなんて.えぇ,どう考えてもパーツ沼の入口ですね,これ.ちょっとした不満から簡単に開いちゃうもんなんですねぇ,沼の入口って・・・



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