"Log" と書いて「こうかい日誌」
それはあたしの想いの断片.



Sep12
 どうも.半分死んでる水瀬雅美でございます・・・1ヶ月近く放置だったのか.はうう.

 とりあえず夏ティア終了で・・・やっぱり夏コミとは会場が同じでもいろいろ違うねー.何がって,暑さの過酷度が.なんというか,夏コミの東ホールを生き延びると夏ティアの東ホールなんて大したことないように感じる.で,開場の外に出ると「うわ,クソ暑っ!」と.一応冷房が入っているって話は本当だったんだねと・・・
 そして.とりあえず露出しなければ生存認定がされないこの世界.顔を繋ぐ目的もあって毎回出展しているけど,やっぱり弾を撃たなきゃダメだなぁと今更ながら.しかし,気圧されてなかなか弾が撃てないというのもまた事実だったり,だったり.低反発枕なのですよ・・・
 半分死んでいるけど,8月のティア後はちょろっとした絵仕事的なモノをやっつけていて.成果はここでは公開できないんだけど,なんというかかんというか・・・自分の力はこの程度か,悔しいのう・・・と.何というか,他人がなんと言おうが,まず自分が納得していないというか.

 で,そいつが片付いた後に Sep2-3 と今年も富士山に行ってましたとさ.4つルートがあるけど,昨年は吉田口.今年は富士宮口.シーズンを少し外したこともあり,三島駅からのバスは1日1往復のみ.ついでに単独行.
 昨年は高山病に悩まされたけど,今年はいろいろあって「十中八九」どころか9割以上出ないハズ・・・という予測通り,高山病にはならず.ただし八合目に辿り着いてから以降夜半までずーっと続く頭痛に悩まされてね.なんか高山病にしてはおかいしなーと,頭痛の真の原因に辿り着いたのがその夜半になってからだったという.その真の原因というのは,脱水症状.水が足りているつもりで,実は全然足りていなかったという.南側で常に日にさらされていたり,岩場も大股を強いられる場面がしばしばあるという,地味にきついコースでねぇ・・・体力その他あれば最短距離・最短時間で登れるコースとはいうけど,いやはやと.そして八合目の宿から見た,夕暮れの雲海に映る影富士,と.
 ところで山小屋の寝具というとシュラフが多いみたいなんだけど,ここ富士宮口八合目も多分に洩れずシュラフ.日本の某大手メーカー製,色からして3番かぁというところまでは一瞥して理解した.3番万能だなー,この感触は芭露3番線かー?と思いきや,まさかの虚3番だった.ゐや,それ担いで歩き回ったりするわけじゃないから,こいつで全く問題ないのはその通りなんだけどちょっとビックリしたというかなんというか・・・ついでにシュラフ内の空隙が大きいなぁと,あたしの持っているアルパイン 800 と比べてみたりして.

 高山病も出ず,頭痛も治まりってことで夜明け前からのそのそと登り再開.頂上での「御来光」は別にどうでもいい・・・というと身もフタもないけど,登頂を第一目標に掲げて,ってことで.ヘッドライトは九合目まで.まぁ実際に太陽が顔を覗かせたのは更に後ですが・・・雲海からズボッと出てくるようにして.
 で,頂上では昨年に続いて「ゆゆ式」ネタを.具体的には1巻 42p,もしくは2話予告.剣ヶ峰よりも簡単によじ登れるピークですよと.ゐや,登れるかどうかよりも,そもそも頂と認知されていない感じだけど.
 その後は黙々と剣ヶ峰を目指し,そのまま火口一周.昨年に引き続いて持ってきた装備で湯を沸かし,みそ汁を作るもやっぱりぬるい.ちゃんと沸騰させてるんだけどねー.まぁ気圧が4割引って話だしねぇ.ついでに紫外線は4割増と・・・えぇ,日焼け止め使っても結局焼けました・・・まぁノーガード戦法ぶちかましてしまった昨年に比べれば遥かにマシだけど.アームカバーとか使った方が良いかもしれんねぇ.
 ときに湯を沸かしている横で,どうしたことか自分の装備で火が点かない隣人が.ってことでこっちのガスとバーナーをセットで貸したんだけど,アレは何で火が着かなかったんだろうねぇ.とりあえずバーナーが見た目に腐っていたけど,自宅ではちゃんと使えたらしい.現地ではガスが出ていない感じだったけど,そういえばガスはどんなのを使っていたろうか・・・よく見なかったけど,そういえばガスが出ていない感じだったなぁと.ゐや,夏用の安いガスだと山頂じゃ使えない可能性もあるかなーと.気温は平地の 20 ℃引き,風速2桁は当たり前,だからなぁ.あたしは常に雪峰屋の金缶だけど,真冬の北ではこれでも火力不足に陥るからねぇ.ってか気化熱で凍ったりなんかするからねぇ.
 して,登りがきついということは降りもきつい.最短ルートで時間がかからないのはその通りなんだけど,帰って翌日・翌々日はまともに歩くこともままならなかったとさ・・・ついでに降りの途中で1回足ぐねった.ちゃんとした登山靴でなければ死んでたかもしれん.靴重要.紐の縛り方も.

 そういえば五合目で帰りのバスを待っている間に,いろんな人が目の前を通り過ぎていったなぁと.登り3時間,降り2時間で弾丸やってきたという若いグループ.八合目で出会ったベテランは御殿場ルートから宝永山経由で帰ってきたところを再会した.下からはパラパラとロード軍団が上がってきて・・・上は 9000 系から,下は 5800 系まで,ちょっと変わったところで CX70 っぽい感じの人もいたけどディスクブレーキじゃなかったなぁ.とりあえずフラットペダルはひとりもいなかった.当たり前である.


Sep13
 富士宮ルート追記.
 山には「登り優先」というルールがあるんだけど,道を譲られても足が進まないという場面が多々あった.自分だけでなく,他を見てても.譲られる側ではなく,譲る側になっても.富士宮ルートはそういう道だということだねと.

 さて,話は大きく変わって.
 Sep6 には川崎市でやってた『「描く!」マンガ展』を見に行ってましたとさ.さて,普段から博物館とかそういうところに吸い込まれるとなかなか出てこないことで定評のあるあたし.例年の「絵師 100 人展」なんかも入ると2時間は出てこないけど,今回の展覧会はどうだったかというと・・・4時間超.もう少しで閉館時刻で追い出されるところだった.ついでに図録も迷わず買った.ゐやゐやそこまで時間がかかるとは自分でも予測できなかった・・・
 そしてまぁ,観た後の感想はというと・・・「あたしも弾を撃たねば」というのが半分,「こんなあたしはもう筆を折るか」というのが半分.圧倒されたのか,はたまた自分の調子が悪いのか・・・どっちだろうねぇ.ゐや,昨日時点で既に「半分死んでる」と自分で宣言しちゃってるわ.あははは.
 とりあえず田中圭一の解説が面白かった・・・あの人,単に下品なパロディを描くってだけの人じゃなかったんだねぇ.そういえば京都精華大で教鞭も取ってたっけ.それだけの諸々を秘めた人だったってことだねぇ.そして何故かここで知る,島本和彦って矢野健太郎と交流があったんだねぇと.長年のちょっとした疑問が解決したような気がする.
 そうそう,京都精華大の案内冊子なんかも配っててね,思わずもらってきてしまったよ.そういえば夏コミで頒布された「コミケットプレス」でも京都精華大を取り上げてたなぁと.この歳で大学でもないけどさ,それでも学問として追おうってのはやっぱり面白そうだなぁと.絵筆を執るのは苦行だし,自分程度なんぞもう筆を折るかと半分考えつつも,こういうところはぶれずに学者気質なんだなぁ,自分.


Sep16
 この Site も開設から 20 年近くなるけど,
 その開設当初,ほんの少しだけ交流のあった人の Site がある.
 まだある

 ただし,今日で絶賛放置 18 周年を迎えた.

 無料サービスなんかだと不慮の事故等で主が居なくなっても存続し続けるパターンがあるというし,代理人が管理し続けるという例もあり・・・って,こちらさんなんかはそんなこんなで無料スペースに移築した例ですな.
 だけど,こちらさんは有料のスペース.存続してるってコトは,主は健在なんだと期待される.なんだけど,ここまで放置というのも何があったのやらと.この人だけじゃない,15 年くらいに枠を縮めると,もう何人か,かつてあたしと交流があったけど閉店の看板を掲げたまま,もしくはぱったりと更新が止まったまま放置になっている例がある.いずれも主に何かあれば解約,消滅となるであろう有料スペース上で,だ.

 昔の仲間の行方が気になるのは,あたしも歳かねぇ.



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