"Log" と書いて「こうかい日誌」
それはあたしの想いの断片.



Feb17
 一昨日の話,ちょっと補足.
 その「求めてること」の多くって,実はお互いの親族との関係が良好であれば解決できる問題ばかりではないのか.お互いの親族との関係が良好であることは「異性婚」であっても重要なことだと思うが・・・と.
 うん,確かに一理あるし,理想だとは思う.だけどその中そうじゃないことも少なからずあるし,その中でも「異性」であれば「婚姻」という形を敢えて取るか取らぬかという選択の余地があり,かつ当人達の合意だけでその契約を成立させることができる.「同性」の場合は初から選択の余地がない.それが問題であるという主張である.

 「いつの間にか置いてけぼりにされてしまった人々」ってのは・・・あたしは "LGBTI" というフレーズの方が馴染みがあるのだけどねと.ただ,この5文字目に何を入れるか/そもそも含めるのか等々で一部で論争があって,結局最初の4文字だけが広まっちゃったんじゃないかなぁと.5文字目の人たちは居ないことにされてしまうぞと.ついでに「便利な言葉だよな」としたのはこのあたりを.15 年前にあたしが「最初の4文字に当たる人々って,もしかして5文字目の表現型(生物学)のひとつなんじゃないか?」と唱えたのは取り下げてはいないが,忘れてもらっても構わない.
 ついでに4文字目の人々は「結局性二元論の強化に加担しているんじゃないか」という批判があったことも広めておきたいところかなと.どうしてそういうコトになるのかを考えると,現在の某与党が「Transgender の人権問題は配慮しなくてはならないが,何で Homosexual に『配慮』なんかしなきゃならねぇんだ?」という主張のスジが通るわけである.意外なようだが「理解していない」わけじゃない.「理解した上で認めない」という非常に清々しい結論である.あー,以前炎上したS代議士も与党の人だが,個人的な意見ではなく政党の公式見解として,ね.

 という点を.

 つってたらちょーどよく鴨がネギ背負ってやってきたので密林にリンクを張ってみる.なおリンクを踏んでもあたしには1円も入らないので安心して叩いて欲しい.ついでに過去にも同じような題材のものはいろいろ発表されているが,最新にしてここの読者が取っつきやすそうなものとして紹介させて頂く.


Feb15
 日本の法律は「同性婚」を「認めていない」のではなく「そもそも想定してない」だけ.また「同性婚」を「認めない」現状が憲法に反するかどうかの司法判断も下されていない.
 ・・・という主旨をあたしが世の中に発したのが 15 年前のことである.ちなみに近代国家で初めて「同性婚」を認めたのはオランダで 2001 年,ざっくりと 20 年前の話.ちなみに 20 年前の日本の状況というとこんな事件の司法判断が出された頃.「神の言葉」は絶対かもしれないが,人類はわかっての通り不完全である.その「絶対の教え」はもしかすると古の人が「神の言葉」を解釈違いした結果かもしれないよ? という話も 15 年前から唱えている.最近でもこんな話があったよね,と.CNN は・・・もとい,CNN に限らず日本語訳時に情報がおかしな方向に書き変わることがあるんで敢えて英語版を示したけど,一応日本語版だとこんな
 余談だが「神は乗り越えられない試練は与えない」って日本語フレーズも限りなく誤訳に近いとあたしは思ってる.ゐや,誤解しか招かない表現,ってのが正しいか.恐らくは日本語より原文に近いであろう英語なんかで読むとちょっと違うことが書かれているぞっと.「試練」ってそういう意味じゃねぇみたいだぞ,と.

 さて,15 年前の話に戻って.当時はオランダに引き続いてあちこちで「同性婚」論議が盛り上がっていた頃.だが日本では盛り上がらなかった.「権利を主張したところでメリットが薄い」のがその一因ではないかというのが身内同士での何となくの理解ではあったけど,それ以前に日本の社会認識がそこまで進んでなかったのもまた事実.むしろ日本はフランスの PACS みたいなのを目指すべきじゃないのかって論議もあったけど,どーしてフランスであんな制度が誕生したのかの背景も理解しないといけない.

 で,現状において日本の話.かつ宗教的な話は全て横に置き,法的な話を淡々としようじゃないか.もし「同性婚」を認めたらどうなる.現状の日本の法律下における「婚姻」は様々な「義務」と同時に様々な「特権」も生じさせる.「同性婚」を法的に認めることに懐疑的な人たちがまず挙げるのがこの「特権」に関してだ.何故「同性」組にそんな「特権」を与えねばならぬのかと.あれは未来の国を支える子供を産むからこその「特権」であって,それがない連中に何故そんな「特権」を与えねばならぬのかと.昨年炎上した出版社SとかS代議士絡みもこんな話でしたね.まぁ一理あるっす.ただアレは中立的どころか理性的ですらなかったような気が,だけど.

 だけどここで考えなければならない点がいくつかある.
 まずひとつに「同性婚」を「認めて欲しい」という人たちは「特権」を求めているのではないということ.税金の配偶者控除とかそんなんじゃなくて,「配偶者」相当の立場にある人間として認めてもらえること,なんじゃねぇのかと.例えばパートナーが死んだときにその遺品を受け取れること.例えばパートナーに何かあったとき病院の面会や手術の同意書に代理署名できること.例えば住まいを探しているとき「他人同士の二人」ではなく「婚姻相当関係の二人」として扱われること.そういう,もっと「当たり前のこと」なんじゃねぇのかと.だからこそ「同性カップル」に限らず幅広い人が恩恵を受けられる PACS 的なものを目指すべきじゃないのかという話の流れになっていたわけさ.ともあれ,求める側と反対/懐疑的な側にまず認識のズレがある.
 他にも反証しなければならない点がある.それならば子供をもうける気がない夫婦,あるいはその能力がない夫婦からは「特権」を剥奪せねばならぬよな? と.そもそも子供を作るから「特権」を与えよう,っつー考え方がさもしいが.だがまぁ「配偶者控除」なんかは戦後日本の社会的誘導を目的としたものであって確かに一時期はそれで社会がうまく回っていたらしいが,ここ 30 年は明らかに機能不全に陥っているのだが現状を認めたがらないセクトってのがいらしいのでね・・・
 これ以上は長々説明しないよ.

 便利な言葉が広まってしまった裏で,いつの間にか置いてけぼりにされてしまった人々がいるような気がするけど,便利な言葉が広まってくれたおかげで昨年の炎上騒ぎのような社会的論議がわき起こったし,あたしが「司法判断の前例はない」と報告してから 15 年にしてようやく司法判断のスタートラインに来た

 日本は「先進国」などではない
 別に認めたところで「あんたらはあんたら,あたしらはあたしら」だし,国を揺るがすほどの力もないからこその「少数者」なわけで.「認めればそんな連中ばかりになる(そして国が滅びる)」なんてのは妄言だというのは遥か昔に宮崎県某所が証明したものだと思っていたがな.


Feb9
 さて,昨日は 40 年ぶりだか観測史上初だかで札幌の最高気温が 10 度を切ったってことで大騒ぎしていたけど・・・最低気温を見ると大した気温ではないねぇ.ってか札幌市街地がヒートアイランドでここ 20 年くらいは2桁に突っ込むコト自体珍しくなってるってだけで,郊外に出れば当たり前に2桁突っ込むし.とはいえ最高気温が2桁ってのはやっぱり珍しいかなぁ.
 んで,なんでこんなコトになってるかというとこの天気図が鍵だろうか.ワイドショー張りに煽れば「北海道の北に北極並の寒気が」ってことになるんだろうなぁ.ってか北極並みというか北極とほぼ同じモノが居座ってるんだけど・・・これ「ちぎれた」かね.それに加えて北海道の南を結構良い感じの低気圧が通過した関係で北西風を石狩平野に引き込んだ,って流れかな.でも石狩地方高度 5000m で 36 度かぁ・・・・・いつもこんなもんでなかったっけ?あれぇ?
 ってかソースから改変無しで持ってきた天気図が .gif だよ・・・まだ生きてたんだなぁ,これ.InternetExploder も MS 内部から「もう使わないで」とかいう声が出てくるこの御時世に.で,寒かったのかというと・・・ゐや,全く.最高気温が2桁が珍しいとしてもこのあたりうろついてると気温2桁なんて当たり前に遭遇するし,屋内もこの程度なら暖房出力の方が圧倒してる.ってか体感なら風の強さの方が重要な要素になるし,身体に堪えるかどうかなら湿度も考慮しなきゃならない.実際あたしは札幌と同じ格好で先の年末の東京をうろつき,最初の1日目にいきなり腿にしもやけを負って風呂で悲鳴を上げた.着ているモノが同じなら札幌より東京の方が身体に堪える(真顔


Feb4
 「北に住む人は・・・」という唄が昔あったが.
 関東で春一番だの,北も南風が入って積雪が急速にとけて道路冠水起こしてあちこち通行止めだの,そんな状況ではありますが.うちの窓際には数日前には既に「春」が来ていましたよ・・・外はまだまだ北の六季「厳冬」真っ盛りだけど,折り返し点(大寒~立春)の頃になるとやっぱり変わるモノがあるのですよ.緯度が高いとこれが極端に出るんでわかりやすいんですわ.

 対して今年は冬山攻めは・・・無しです.絶賛遅刻中のアレを進めなきゃならんってのもあるけど,冬山装備があれこれ一斉にダメになってるところがあってねー.まぁ一気に・・・ではないけど大体同じ頃に揃えた装備なれば,同じ頃にダメになるも道理.あれこれダメになってるモノも多くてね.
 買い換えりゃいいじゃねぇかという話だけど,そうも行かない事情もありで.まぁおとなしく籠もって筆を執りますわ・・・と.そもそも5月発刊ですら自信が無くなってきたという進捗具合で(え?

 それとは全く関係なく.
 今日から札幌市営地下鉄の一部駅で接近音として『虹と雪のバラード』が流れるようになったとかで.
 あたしは以前から「駅の発車音楽」はいい加減に「総括」が必要じゃないかと説いているし,実際に東京では「試しにやめてみた」とか「音量を絞って運用」なんてことを何年も前から試行している.それどころか接近時に継続する警報の方に力を入れ始めているみたいだ・・・という状況で.大事だったのは実はそっちではないのかなぁというか,接近警報に音楽を流すってのは JR-W が 20 年以上前からやってなかったっけ?などと.
 まぁともあれ,何で札幌市営地下鉄で音楽を流すようになったかというと,「冬季オリンピック招致の気運を盛り上げよう」と・・・・・・・うん,世論調査で大体賛成と反対が半々くらいで割れてて,今のところ賛成優勢なれど反対派が年々数を増やしてるって状況を見て,ってこともあるんだろうけどね.いい加減この国はオリンピックとシンカンセンの幻想から目を覚ませよと.コーソクドーロとクーコーもそうだけど.
 確かに聞く話によれば 1972 年大会でこの街は大きく変わったそうだ.だが,当時と今では状況が違う.プロ野球球団に逃げられる程に商売も政治的駆け引きも poor な札幌市に,そんなもの呼べる体力があるか? 呼べたところで,何か変えることができるか? 地下鉄が清田真栄まで延びたり,新琴似や丘珠に接続したりするか? 真駒内から南の道路のカオスっぷりが解消されるか? 新しい産業やら何やらを呼べるか? 賃金が上がって経済が活気づくか? そもそも財政的負担やら,大会開催に伴う土地の確保なんかは? プロ野球球団をなんとか引き留めようと奔走するも現状をなんとかしようという方向ではなく新施設という謎方向に梶を切った末,土地の確保の段階で根回しも無しに教育機関の土地を奪おうとして「何でうちが土地を提供しなきゃならねぇんだ」と突っぱねられたとか,公園を潰そうとして市民の反対運動にあったとか,散々 gd ったのは記憶に新しいところだが? そもそもシンカンセンの札幌駅用地だってまともに調整できなくてあんなコトになったじゃないか・・・ってのは札幌市のみの責に帰するところではないが.あれは根を掘り返せば,国の失策だよな.

 夢はあるかもしれんよ.だが現状では夢は夢,成功したのは昔の話で今は今,だろ.
 それとも夢を見ることすらできないあたしや,あたしら世代がはみ出し者なのか.



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